ご先祖様に、元毛利藩藩士で永安氏の方
ご先祖様が、永安氏で萩市の椿八幡宮の氏子だった
子孫の方(現在の氏問わず)。
北海道に居住の永安氏の方、又は全国で永安氏に縁りのある方
ご一報下さい。

大阪在住の長安 勤さんも長安・永安姓のルーツを訪ねています。
(長安さんへの連絡は小生より)





現在、北海道岩見沢市に居住する私の先祖は、毛利に仕える藩士であったが、明治維新後「禄制改革」により打撃をこうむる士族対策として、明治3年11月に山口藩では士族が、農業や商業に従事することを認め「帰農商仕法」を定められ、先祖は、山口県長門国阿武郡椿郷西分村第185番地屋敷地に萩焼の釜を設けたようであったが、士族のにわか焼物では他に認められる物は出来なかったようである。

後に旧毛利藩より北海道開拓の話があり、旧同藩士族64戸と共に船にて北海道小樽港に入港、鬱蒼たる原始の森を車窓(汽車)より見ながら当時の岩見沢村に12日掛けて到着。時は、明治17年9月3日の事でした。

以来、私「永安正宣」は、5代目当主で孫が居ますので
その孫達は、北海道開拓以来7代目となります。

萩より北海道に開拓に入った当主は、
「永安源蔵(天保12年生)」とその家族です。
源蔵の父は「永安伊衛門」で、この名は「山口県文書館」に記録があるがその伊衛門の父、及びその先祖が判明していない。

唯、我家の言い伝えによると毛利に仕えた時は、数百石の賜り更にその前は、何処かの「城主」だったことである。

家紋は「丸なし梅鉢」が伝えられている。

この事から推察するに、島根県旧弥栄村永安本郷にあった永安城(矢掛城)との関わりが浮上してくる。

平成17年4月、島根県旧弥栄村の永安本郷にある「長安八幡宮」を訪ね、宮司と先祖の経緯を話した際、寺本宮司の話で「当地がご先祖の領域に関わりがあるのでは」との事であるが、物証は家紋だけである。


「永安氏になった経緯」が知りたい方はこちら


「永安一族約450年前にあった城跡」へのリンクです






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